鮭

2017年2月7日
南三陸町小森ふ化場インタビュー 事務局 千葉純一さん

平成29年1月11日、東北水研の調査に同行し小森ふ化場を訪問しました。
施設は先の大震災により破壊されましたが、関係者の熱い情熱により再建され、現在では若い技術者が健苗育成に取り組んでいます。
その中心として活躍されている千葉純一さんにインタビューを行いましたので以下にお知らせいたします。


【震災からの復興について】
――お聞きするのも心苦しいですが、震災時はどこにいらっしゃいましたか
 その時は役場の臨時職員として市場の建物内にいました。揺れも大きく、津波警報が出たのですぐに高台に避難しました。

――震災からの復旧・復興でご苦労された点は何でしたか
 街全体が混乱し、ライフラインの確保などに苦慮していましたが、皆さんが立ち上がろうと努力していました。多くのボランティアの支援がある中、個人の力でどこまで貢献できるのかという葛藤がありました。



千葉純一さん

【増殖事業について】
――河川の捕獲実態について教えてください
 捕獲は10月20日頃から12月のクリスマス頃までで、囲い網とヤナで実施しています。

――捕獲施設の設置場所の変更や県土木事務所による便宜供与はありましたか
 150m程度移動しました。河川工事が同時に進行しており、県土木事務所では捕獲場所の確保、捕獲時間帯の工事の中断等の便宜を図ってもらいました。

――親魚はどこで畜養し、採卵はどこで行っていますか
 河口から約800mの箇所にヤナ、捕獲槽があり、捕獲した段階で成熟しています。同じ場所に仮設の採卵施設があり現場で採卵を行っています。捕獲・採卵は採貝藻漁業者などの方々10人前後で行っています。




千葉純一さん

【従事者について】
――ふ化場の専従は何名ですか、年齢構成を教えてください
 2名の技術者で実施しています。捕獲から飼育までの最盛期は3~4人のパートさんを雇用しています。
 ちなみに私(千葉)が32才、28年度に採用された菅原が27才です。

――ふ化場の採用のきっかけは?
 事業主体を役場から増殖団体に移管するとともに、技術者育成のために若返りを図るという背景もあったようです。震災当時は役場の臨時職員でしたが、役場の担当の方から紹介を受け志津川淡水漁協に採用されました。
 一方、菅原は震災前から市場の臨時職員でしたが、漁業者とのつながりのある人間を探していたところ、彼に白羽の矢が立ったようです。川と海の連携が取りやすくしたいという意向があったのではないかと思われます。




南三陸町小森ふ化場

【増殖技術について】
――用水管理、飼育、疾病対策など困っていることがありますか
 昨年、新施設ができあがりましたが用水も特に問題はなく、病気も今のところ心配はありません。
 水尻の施設も新しくなりましたが、今後の本格稼働により何が起きるか分からないので、しっかりと注意していきたいと思っています。

――増殖技術について特に習得したいもの、あるいは研修で知りたいことなどありますか
 適正な水量管理でもイレギュラーな状態とはどういうことなのか、トラブルが発生した場合の状況はどうなるのか、またその対処はどうすればいいのかをもっと知っておきたいと考えています。
 また、どういう状態になればどのような疾病が発生するのかを知りたいと思っています。緊急時に即応できる力を養いたいです。
 研修会ではそのようなことについて知りたいですね。資料映像があればどのような動きをするのかわかりやすいと思います。他のふ化場を見てみたいですが、これに代わる座学の場があれば良いですね。




【今後の展望について】
――増殖事業について心配など何かありますか
 この施設の最大収容卵数は16,000千粒ですが、飼育尾数は計画の半分の5,000千尾です。隣の水尻ふ化場が5,000千尾で、この河川全体で10,000千尾です。1基の井戸で揚水量は最大で9t/分ですが、現在は6t/分を使用しています。ポンプは3台、うち1台が予備です。
 現在、水尻ふ化場は応急措置の状態ですが、今後新設ということになれば水源確保の課題が出てくると思います。
 河川工事が終わっていないので我慢しなければなりませんが、一番心配しているのが河川環境です。親魚の遡上、稚魚の放流も工事を実施している状況下にありますから。
 輸送放流を行っており、放流サイズは1g前後です。給餌をきちんとすれば達成可能です。
 種卵確保が大きな課題です。今年度はCブナの海産親魚を♀で832尾利用し、12月3日から17日までの間で7回採卵し約1,700千粒を確保しました。
 南三陸町では古くからしろさけのふ化放流事業を実施しており、南三陸町地方卸売市場の最重要魚種として資源づくりを行ってきました。しろさけの水揚げ金額も市場の5割以上を占めるものとなっており、10億円を越える年もありました。
 震災後は残念ながらしろさけの水揚げ、河川への遡上も年々減ってきています。この業界に入ったからには何とかして震災前のように、さけがたくさん帰ってくる町に復活させたいと思い、今もそしてこれからも努力を続けていこうと思っています。



☆編集後記
 昭和60年11月生まれの千葉さんは南三陸町で小中高を卒業され、趣味はロードバイクで走り、ロックを聴くのが楽しみという32才の若き精鋭です。
 昨年9月に開催された「ツールド東北」に参加し、気仙沼から石巻間95kmを完走したそうです。仕事がら冬場の活動が制約され、スノーボードはお預けとのことでした。
 仕事への取組の中で気づかされたこととして、飼育用水の減少によりどのような弊害が発生するのか、稚魚はどのような状態になるのか、といった危機管理について深い考えをもたれていました。本会としても資料を収集しておく必要性を指摘されたような思いでした。
 本会では、会員の皆様への情報提供として事業場や人物紹介等を随時掲載していきます。





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